言葉遣い(大阪弁編)

私の父は言葉遣いにうるさかった。
(時間にもうるさかったが。)

幼少のころ、自分のことを「わたし」と言わずに名前で言っていたのを注意されたことがあった。
また、「わたし」と言わずに「あたし」と言っても怒られた。

父は(私もそうだが)大阪生まれの大阪育ちで、生粋の浪花っ子。
話す言葉はもちろんバリバリの大阪弁で、東京弁が大嫌いだった。
きっと、現代の若者のように大阪の子でも「〜じゃん!」とか「スゲー!」とか普通にしゃべっていたら殺されかねない。(それは言いすぎ。)

だから「わたし」と言わず「あたし」と言うと怒られたのだ。
「うち」と言うのは怒られなかった気がする。でも基本的に私は自分のことを「うち」とは言わない。(自分を指しているのか家を指しているのか混同してしまうため。)

小学校のとき、国語の宿題で「音読」というのがあった。(今でもあるのかな?)
声に出して国語の教科書を読むものだった。
「音読カード」というものがあって、親の前などで音読をして、「大きな声で読めているか」とか「感情を込めて読めているか」といったチェックしてもらうというものだった。
その「音読」を父に聞いてもらうときのことだった。
文章を読み始めてまもなく、父はストップをかけた。
別に読み間違えたとか、小さな声で聞こえなかったとかそんなことはないはずだった。
「?」と思っていると、父は「なんで、そんな読み方をするのか?」と言ってきた。
最初、私は父の言っていることがわからなかった。私は学校の授業で先生が読んだようにがんばって読んでいただけだった。
黙っている私に父は言った。
「なんで、そんな変なイントネーションで読むのか?」と。
そう、私は先生がお手本で読んでくれたのを真似て標準語のイントネーションで読もうとしていたのだ。
当時の担任はもちろん大阪の人だったのだが、国語の本読みは「標準語」で読みなさい、と教えていたのだった。大阪弁のイントネーションで読むと注意を受けた。
私は「授業でそう言われた」ということを父に言った。しかし父は「なんで大阪で育っているのに大阪弁を話したらあかんのか?」と言い出した。
いや、私に言われても・・・と心の中では思っていたが、大阪弁論に熱の入った父を止めるのは怖かったので言わなかった(笑)

その後、父は担任に連絡(というか抗議?)したのは言うまでもない。
授業の音読で大阪弁のイントネーションで読んでも注意されなくなった。


update 2007年05月15日 15時57分 | ■小・中学生時代■


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